英語を話すことができないお母さんが外国人と会話を楽しむことができたわけ

 人は社会の中で、他人とコミュニケーションを取る時に、様々なことをしながら相手に伝えたり、相手のことを理解しようとしたりします。

例えば、友達同士との会話で、あなたが話している言葉で相手が分からない言葉があると、身振り手振りを用いたりして示したりしますよね。「あそこの本屋」と言葉で言っても分からない場合、手を用いて本屋を指したりするのです。

さて、ここからは実際にあった出来事です。先日、私の友人のお母さんが、外国人と楽しそうに会話をしていたので、びっくりしました。

そこで、「えっ、お母さん、英語話せました?」と思わず聞いてしまいました。すると、お母さんはこう答えました。

「えっ、ぜんぜん。」
ならどうして会話が出来るのかなぁ。

「お母さん、相手の言っていること分かったんですか?」

「うん、何となくこんなこと言っていると思って。」

不思議じゃないですか?英語なんて全く分からないのに、そのお母さんは外国人と意思疎通、つまりコミュニケーションが出来ていたんです。

ここから分かるのは、実は、言葉自体はコミュニケーションの手段として相手に何かを伝える際に、ほとんど内容を伝える役割を持っていないそうなんです。

えーっ。うそぉ。と思いません?言葉は絶対大事だよ。私は最初そう思っていました。

それでは、ここで質問です。コミュニケーションとして相手に何かを伝える際に、言葉そのものってどのくらいの割合で大事だと思います?100%のうち、どのくらいでしょうか?70%?それとも、50%?

これを調べたのが、UCLAのアルバート・メラービアン博士です。彼は、実験を通して人がコミュニケーションを取る際に、ボディランゲージが55%、声のトーン(や声の大きさなど声に関するもの)が38%、そして言葉は何と7%しか伝える役割を果たしていない、と言う事を発見したんです。

つまり、コミュニケーションにおいて、言葉はほとんど相手に対して意味をなさない。むしろボディランゲージと声のトーンが9割以上を占める。

これは、日本語でも感じたことがあると思います。

例えば、友達に、「私が作った料理、おいしかった?」と聞くと、「うん、おいしかったよ。」と顔が引きつっていたら、あなたはどう思います?もしくは、声のトーンがおかしかったら、どう思いますか?もしかして、おいしくなかったのかなぁと思いますよね。

友人の顔色が悪そうでで、「気分が良くなさそうだね。」と友人などに声をかけたことはないでしょうか?どうして、声も発していないのに分かるのでしょう。

また、世界共通になっているトイレのマーク。どうしてあれがトイレと分かるか?といえば、一種のボディランゲージだからですよね。

この項目の冒頭で、私の友人のお母さんが、外国人と楽しそうに会話を交わしていたのは、お母さんが英語を話せたからではないんです。でも、ボディランゲージや相手の声のトーンを感じて、何か意味を読み取って楽しそうにしていたんですよね。お母さんは日本語で、相手は英語で。

人間には、生まれながらに言葉以外に音のトーンや大小、ボディランゲージを知覚するこうした能力が備わっているんです。この知覚する力が五感なわけですね。今回の基礎編トレーニングでは、言葉よりも音を読み取ることで、あなたの中に自然に持っている五感を使って、英語を英語のまま捉えるトレーニングをしていたのです。

では、最初にどうしてボディランゲージが読み取れる映画とかで学ばないの?と思いますよね。それは、映画だと視覚に神経が行ってしまって、聴覚がおろそかになり、英語そのものを音としてなかなか聞き取ることが出来ないからです。もし、帰国子女のように必要に迫って、「あなたの意見は?」と聞かれたりするならば、視覚と同時に、聴覚も研ぎ澄ますかもしれませんが、日本にいる私達はなかなか難しいわけですね。

まずは、音のアクセント、イントネーションなどを、英語で感じ、英語の音をありのままに感じる。ボディランゲージは英語が出来ない人でも理解できる所。だから、それは最後でも良いのです。

私達の脳は、私達が思っているよりも本当に賢くて、この耳から英語が入ってくると、英語を英語で理解できるようになっていくのです。

しかし、私達の多くは、文字にあまりに注意が行き過ぎています。日常生活でも、文字を読む事が多く、文字から知識を入れているからかもしれません。

赤ちゃんを考えてみてください。言葉を話せないのに、実に様々な表情や声のトーンで親に何かを伝えています。

言葉がまだよく話せない小さな子供は、表情や音を様々に使って、自分の意見や感情を伝えようとするんですね。ですが、大人になった私達の多くが、そのサインを見逃しがちになる。親になった時にそれが良く分かるはずです。私達は、あまりにも言葉に頼りすぎているのかもしれません。あまりにも目に見える文字、情報に頼りすぎているのかもしれません。特に、インターネットが登場して、人と介さない仕事をしている人も多いからでしょう。


サブコンテンツ

このページの先頭へ